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お知らせ
2026/3/23
デジタルヒューマン・シンポジウム2026

安心して歩き続けられる日常に向けて、研究開発の現在地を共有
2026年3月に開催された「デジタルヒューマンシンポジウム 2026」では、パーキンソン病の歩行障害に向き合う研究開発の取り組みが、多面的に紹介されました。
今回のシンポジウムは、内閣府主導のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備」の中間成果報告会も兼ねて開催され、AI、ウェアラブルデバイス、デジタルツイン、ロボティクス、感覚インタラクションといった技術を横断しながら、歩行障害の理解と支援のあり方が共有されました。
今回のシンポジウムは、研究成果を外部に伝える場であると同時に、「歩くことに困難を抱える方の日常にどう寄り添うか」をあらためて確認する機会となりました。研究室の中だけで完結する技術ではなく、日々の暮らしの中で無理なく使え、継続できる仕組みをどう形にしていくか。その問いに対する各講演の積み重ねが、とても印象に残る内容でした。
以下、各講演の内容をご紹介します。
プロジェクト全体が目指すもの
講演セッション オープニング 多田 充徳(産業技術総合研究所)

冒頭で、本プロジェクト全体の考え方として「インターバース」の構想が紹介されました。
インターバースとは、現実空間(ユニバース)とデジタル空間(メタバース)の間に存在する領域です。現実空間の現象をデータ化してデジタル空間に取り込む、デジタル空間で分析・シミュレーションされた結果をもとに現実空間に働きかける、こうして現実空間とデジタル空間の相互作用を生み、価値を環流させる役割を担います。
本プロジェクトでは、スマートシューズに搭載したセンサで歩行をデータ化しながら、歩行状態をデジタル上で再現する「デジタルツイン」を構築し、歩行器やアシスト機器、音や音楽といった感覚的な働きかけを通じて、歩行障害の緩和することを目指しています。
ここで一貫して重視されていたのは、生活の中で自然に使える仕組みであることでした。普段の暮らしに溶け込むこと、そして蓄積されたデータをもとに、一人ひとりに合った介入の形を探っていくこと。この2つが、プロジェクト全体を貫く軸として示されました。
仮想空間の価値を現実の生活へ戻すという視点
招待講演「インターバースで切り込むバーチャルエコノミーの拡大と市場獲得」 持丸 正明(産業技術総合研究所/SIPプログラムディレクター)

招待講演では、SIP「バーチャルエコノミー」全体の方向性が語られました。
ここで強調されていたのは、仮想空間の中だけで価値を生み出すのではなく、その成果を現実の身体や生活に返していくことの重要性です。バーチャルという言葉からは、どうしてもデジタル空間の中だけの話を想像しがちですが、このプログラムでは、実空間にどう役立てるかが中心に置かれています。
実際に、SIPでは今回の歩行障害支援の研究以外にも、触覚を共有する技術、味覚や嗅覚の共有、介護や就労を支える仕組みなど、幅広いテーマが進められています。その中で、日本の強みとして語られていたのが、センサー技術や身体に関わる精密な計測・制御の技術でした。
今回の歩行支援の研究も、まさにその文脈に位置づけられます。歩くこと、転ばないこと、安心して外に出られることといった、きわめて現実的で日常的な課題に対して、デジタル技術がどのように貢献できるか。その可能性を社会に示す講演でした。
パーキンソン病の歩行障害を、臨床の視点から捉える
「パーキンソン病の臨床的特徴と歩行障害に対する治療の現状と課題」 澤田 誠(令和健康科学大学)

この講演では、パーキンソン病における歩行障害の特徴と、その支援の難しさについて、臨床の立場から説明がありました。
パーキンソン病では、歩幅が小さくなる、小刻みに歩く、足が前に出なくなる「すくみ足」が起こる、自分では止まりにくくなるといった歩行の変化が見られます。こうした症状は転倒や骨折のリスクにもつながり、日常生活の質に大きく関わります。
なかでもすくみ足は、本人が「歩きたい」と思っていても足が出ない状態であり、生活のさまざまな場面で不安につながります。狭い通路、方向転換、人混み、目標物の手前など、ちょっとした環境の変化が引き金になることも少なくありません。
一方で、床の線をまたぐ、一定のリズム音に合わせて歩くといった外部からの働きかけが有効な場合もあります。ただし、実際の生活では場面や体調が絶えず変化するため、単一の方法だけでは十分に対応しきれないという課題もあります。
また、診察室では症状が出にくく、日常の中でどのような歩行障害が起きているのかを医療者が把握しにくいことも、臨床上の大きな難しさとして共有されました。この問題意識は、後に続く各研究発表とも深くつながっていました。
デジタルツインで、すくみ足の仕組みに迫る
「神経筋骨格モデルによるすくみ足と介入効果のシミュレーション 」 市村 大輔(産業技術総合研究所)

続いて紹介されたのは、コンピュータ上に人の神経・筋・骨格の働きを再現し、歩行障害の仕組みを数値的に理解しようとする研究です。
この研究では、歩行に関わる身体の働きをデジタル上でモデル化し、パーキンソン病に見られるすくみ足がどのような条件で起きるのかをシミュレーションしています。実際の身体で起きていることをデジタル空間で再現できれば、症状の背景にあるメカニズムをより詳しく理解できるようになります。
講演では、歩行に関わる脳部位の働きを調整することで、シミュレーション上ですくみ足のような状態を再現できたことが報告されました。また、多数のパターンを解析すると、臨床で見られる分類と対応する傾向も確認されたとのことでした。
ホコラボの視点から見ても、この研究は「この人にはどのような支援が有効なのか」を考える土台となります。個人毎にさまざまな症状が見られる歩行障害の支援方法を探るうえで、こうしたモデルは今後さらに意味を持ってくるはずです。
使い慣れた歩行器を、よりよい支援機器へ
「すくみ足の抑制や解除を目的とするAI・ロボット化歩行器の開発」 柴田 智広(九州工業大学)

この講演では、既存の歩行器を活かしながら支援機能を高めていくアプローチが紹介されました。
新たな機器を一から導入するのではなく、患者さんが普段使っている歩行器にセンサーや認識モジュールを追加することで、姿勢や動きの変化を把握しやすくし、支援に結びつけていく構想です。生活の中で使い慣れた道具をベースにすることで、負担を抑えつつ、より実用的な仕組みを目指している点が特徴的でした。
また、すくみ足を安全に計測するための実験環境づくりも報告されました。すくみ足は転倒の危険を伴うため、研究としてデータを取得する場合にも安全確保が欠かせません。講演では、転倒を防ぐ支援ロボットや、左右独立制御が可能なトレッドミルを用いて、安全な環境で計測を進める工夫が紹介されました。
日常で使える仕組みを作るには、技術的な性能だけではなく、「現場で安心して使えること」が欠かせません。その意味で、この発表は社会実装に向けた現実的な工夫を強く感じる内容でした。
音と音楽で歩行を支える試み
「音・音楽によるパーキンソン病の歩行障害緩和への取り組み –日常に溶け込む音楽スマートシューズの開発を目指して–」 藤井 進也(慶應義塾大学,KGRI 音楽科学研究センター長)

この講演では、音や音楽を用いて歩行障害の緩和を目指す研究が紹介されました。
中心となったのは、スマートシューズを活用し、歩行に応じてドラム音がフィードバックされる仕組みです。一定のテンポを一方的に流すのではなく、本人の動きに合わせて音が返ってくることで、より自然に歩行を促すことが期待されています。
従来のメトロノームのような方法は、一定のリズムを外から与えるものですが、今回の研究では、自分の身体の動きと音が結びつくことに意味があります。講演では、固定テンポの音よりも、動きに連動したドラム音のほうが歩幅の改善につながる傾向が見られたことが報告されました。
さらに、歩き方が改善すると音楽が変化する仕組みなど、継続的な取り組みを後押しする工夫も進められています。歩行支援を、苦痛を伴う訓練としてではなく、身体の変化を感じ取りやすい体験として設計していく方向性が示されていた点も印象的でした。
靴を通じて、日々の変化を自然に捉える
「スマートシューズを用いた無意識的な活動モニタリング 〜パーキンソン病以外への展開」菊川裕也(株式会社ORPHE)

この講演では、スマートシューズを用いた日常的な活動モニタリングの仕組みが紹介されました。
特徴的なのは、利用者に強い装着意識や操作負担を求めないことです。毎日履く靴に組み込まれた小型センサが歩行障害を検知し、スマートフォンと連携しながら歩行状態や服薬履歴を記録していく構想が示されました。
これにより、本人の感覚だけに頼らず、日々の変化をより客観的に把握できるようになります。医療者や家族との情報共有にもつながり、「いつ」「どんなときに」「どの程度」歩きにくさが現れているのかを見えやすくしていく可能性があります。
また、靴を専用マットに置くだけで充電とデータ送信ができる仕組みも開発中とのことで、日常の手間を減らす工夫も進んでいます。こうした細かな設計は、長く使い続けてもらうためにとても重要です。
さらに、この技術はパーキンソン病支援にとどまらず、高齢者施設での転倒予防や、工場現場での安全管理などへの応用可能性も紹介されました。歩行を捉える技術が、医療と生活、さらには労働環境の安全にもつながっていく広がりを感じる発表でした。
今後の展望と、ホコラボが見据えるこれから
講演セッション クロージング 多田充徳(産業技術総合研究所)

クロージングでは、今後の展望として、歩行そのものだけではなく、その人の生活全体の流れの中で状態を理解していく方向性が示されました。
スマートシューズやGPSを活用した屋外活動の把握に加え、ウェアラブルカメラなどを使って屋内での行動、姿勢、服薬状況なども含めて記録していくことで、「どのような生活文脈で歩行障害が起きているのか」をより深く捉えようとしています。
これは、歩行障害を単独の現象として見るのではなく、暮らしの中で生じるものとして理解していく試みでもあります。日常のどの場面で困りごとが起きているのかを見つめることで、支援もまた、より生活に根ざした形へと近づいていきます。
あわせて、蓄積されたデータを活かし、長期的な変化の予測や持続的な介入につなげていく「拡張型フィジカルAI」への展望も語られました。ロボットやAIを通じて人の能力を支え、暮らしの継続性を高めていくという構想は、今後の研究開発の大きな方向性として位置づけられています。
おわりに
今回のシンポジウムでは、歩行障害のある方の暮らしを支えるために、計測、理解、介入をつなぐ研究開発が着実に進んでいることが示されました。
スマートシューズで歩行の変化を捉えること。
データシミュレーションで状態を理解すること。
音や歩行器で日常の歩行を支援すること。
それぞれの研究は異なるように見えて、目指している先は共通しています。安心して歩き続けられる日常をどう支えるか。その問いに向けて、多様な専門領域がつながり始めていることを、今回あらためて実感しました。
ホコラボは、こうした研究開発の動きを発信するにとどまらず、当事者の方々、研究者、医療・介護職、企業など、さまざまな立場をつなぎながら、研究成果が誰のどのような困りごとと結びつくのかを丁寧に共有しながら、実装に向けた対話の場をひらく役割を担いたいと思います。今後のホコラボの取り組みにもぜひご期待ください。
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